第6章 真夏の夜の夢(銀八side)
1学期の成績は、案の定(国語が、とかいうレベルでなく)散々だったから、終業式の翌日から補習漬けにされた。
赤点をとった他の生徒と一緒に、主要教科の授業を一週間受けることになる。数学も英語もかったるいけれど、愛里先生との契約を考えれば、二学期は学年でもトップクラスの成績をとらなくてはならない。そう思うと、今まで本腰を入れたことのない補習も少しだけやる気になった。
それに何より、国語の補習では愛里先生の顔を見られるし。
愛里先生の授業はやっぱり小説を題材にしたものが楽しいけど、評論の講義をしている先生もカッコいい。ポストモダン(現代はそう呼ばれている時代なんだってさ)のカチカンのタヨウセイについて説明している先生を頬杖をついて眺めながら(顔がニヤニヤしてしまうのを頬杖でごまかしている)、一挙手一投足を見つめる。
正直授業の内容の理解より、その動きを追う方が楽しい。
だが、板書をする彼女の右手を見て、俺は衝撃を受けた。
薬指に鈍く光る指輪が見えたからだ。
そんなもの、ついこの間までなかった。
断言できる。
国語の補習が終わってしばらくしても、俺は席から立ち上がることができなかった。
他のジュエリーとは違って、指輪の意味は大きい。
「彼氏がいてもそいつより好きにさせるから」
なんて言っておきながら、彼氏らしき男の存在をほのめかされた途端、このダメージ。
あーもう。自分に腹が立つ。
別に愛里先生は俺の彼女でもなんでもないし、ただ単に「特進クラスに入ったらヤらせてくれる」っていう(まともに考えたらとんでもねえけど)再契約をしただけなのに、俺って自分が思っているよりも独占欲が強いのかな。
うーーーーーん。
こういうときにはいちご牛乳だ。
俺はフラフラと立ち上がって教室を出た。街で配っていたうちわをぱたぱたさせながら、廊下を歩く。空調の効いた教室とは違い、歩くだけで汗が噴き出る。
自動販売機に向かう途中で、後ろから声をかけられた。
「銀八!」
そんなふうに廊下の端まで聞こえそうな大声を出すのは辰馬ぐらいしかいない。
そして辰馬の持ってくるのは大抵ろくでもない話だ。
俺はうんざりして振り向いた。
「……」
「銀八!どうした、そんな暗い顔をしおって!」
そう言いながらズカズカ俺の方に歩いてくる。
あー、近づくだけで体感温度を上げる顔だな。