第4章 再契約(銀八side)
「愛里先生」
資料室のデスクで、愛里先生は採点をしていた。俺に目すら向けてくれない。
「先生、すいません」
「…なんで君が謝るの?90点獲る気ない、私とつきあう気なんてない、そういうことでしょー?」
「違うんです」
「ま、私だって坂田くんが90点獲るなんて、さすがに思ってなかったけど、それにしても赤点とはどういう了見かしらねー?」
「すいません、ほんとに、俺…あの、昨夜バイトで…」
デスクの前に立った俺の顔に初めて視線を合わせ、先生は、眉をひそめた。
「バイト?……お酒の匂いさせて?」
「すいません」
「すいませんじゃないでしょ。他の先生には気づかれてないの?」
「わかりません」
「っていうか、バイトであっても、バイトでなくても、法律に反しているよね、未成年の坂田くん?」
「ほんとすいません!停学でも退学でも覚悟で、試験だけ受けなくちゃ、と思って」
「バカね、試験受けるために退学なんて、本末転倒じゃない」
「…そうですね。俺、先生にずっと習っていたいし」
「…」
「来年も先生に習いたいです。でもとにかく今日は、必死で」
「そんな風に思ってくれるのは嬉しいけど」
先生が座ったまま、俺の顔を下からのぞきこむようにした。
「坂田くん…ホストのバイトしてるって噂、もしかして本当なの?」
もう何の言い逃れもできそうにない。俺は素直にうなずいた。
愛里先生は、大きくため息をついた。
「こんなにお酒の匂いさせて学校来るなんて、処分してくれと言っているようなものよ」
「でも、先生と約束したから、だから、絶対試験受けなくちゃ失礼だと、思って…」
「あんなのお遊びの約束じゃない」
そう、先生にとってはそうだろう。
だけど、俺にとっては、俺にとっては、……アレ?
俺にとっては、何なんだろう。
何でこんなに必死こいて試験受けたんだろう。
まともな状態でだって、90点獲れるかどうかなんかわからないくせに。
でも、たぶん嬉しかったんだ。
先生が俺の提案に乗ってくれて。
ほんのちょっとでも、先生が俺のものになったら、なんて夢が見られた。
(ついでにここだけの話、何回かそれを想像して抜いた)
「でも、先生が約束してくれたから」
先生は苦笑した。
「やめてよ、もう。あんなお遊びの約束守るために、退学なんかならないで」