第17章 人の不幸は蜜の味(銀八side)
屋上までやってくると、月詠はじゃあな、と言って姿を消す。
いつものように、シノハラがぽつんと待っていた。
でもその表情は、いつにもまして暗い。
「銀ちゃん」
「……どうした」
「私、妊娠したかもしれない」
「は?」
「生理が……来ないの……」
……
……
えーっと。
「あのう、相手はイトウ先生ですか?」
「私、もうずっとイトウ先生としかしてないよ。そりゃ、バージンじゃなかったけど、イトウ先生とつきあいだしてからはイトウ先生だけ」
「……ちゃんと避妊してたのかよ」
「中出しはしてなかったけど」
それは避妊にならねえっつうの!!
俺は髪をかきむしった。
あーー!
本当に保健体育の授業が必要なのは、この教師なんじゃね?
そういえば愛里先生はピルを飲んでるって言ってたな。
ろくに避妊しない男と不倫関係を続けるには、それが必要だったってことか。
「でもね、銀ちゃん。イトウ先生の奥さんって、子供が生まれないの。だから、イトウ先生の子供が妊娠できたら、先生は、私を選んでくれないかな」
すがりつくような瞳。
でも俺はその問いかけに肯定的に答えることはできかねた。
夫婦の関係がそう簡単にはいかないものであると、たった17年の人生でも、身をもって知っていたからだ。
そしてふと気づく。
愛里先生もまた、あの教師に子供が生まれないことを知っていたはずだ。
でも、妊娠して自分が妻の座におさまるとか、認知してもらってシングルマザーとして育てるとか、そういうことはしていない。
あの教師の子供を生みたいというふうには考えていないってことだ。
それって、……俺の入り込む余地もあるってことじゃねえの??
思わず口元がほころびそうになる。
でも目の前に思い悩んだ女がいるのを見て、頬を引き締めた。
ごめんな、罪もないシノハラさん。
アンタを目の前にしながら、俺、自分のことばかり考えてる。