第13章 特進クラス争奪戦(銀八side)Rー18
「じゃあこれは?」
「『逢ひ見ての後の心にくらぶれば昔は物を思はざりけり』。和歌だな」
「じゃあ、『詠嘆』か」
「そう。『二人で逢った後の心に比べると、昔は物思いをしなかったことだよ』。今気づいたから『詠嘆』の『けり』ね」
「これ、どういうことですか」
「わかるぞ!デートした後の方が、モヤモヤするってことじゃな?」
「うーん。ちょっと違う。古文で『逢ふ』って言ったら、単に顔を合わせるってだけじゃないのよ」
「『逢瀬をもつ』」
「そう」
「『逢瀬』って何じゃ」
「夜を一緒に過ごすってことよ」
「じゃあ、デートって言っても、夜のデートってことじゃな」
「肉体関係を持った後にくらべれば、それまでの悩みは単純なものだったなあ。関係を持つと、もっと違った苦しみがあることに、今気づいた、ってことだろ」
「銀八、なんだかお前が言うとアレだな」
「何だよ」
「エロいの」
「俺はいつも真面目だっつうの」
「先生、銀八が今言ったので合ってますか」
「うん、そういうことね」
「おおっ、こういう話だとさすが銀八は強いの。……先生もこういう経験ありますか」
「そうね。大体恋愛なんてそういうものよ。関係を持った後の方が、苦しいんじゃないかな」
「……」
後の解説は、耳にあまり入らなかった。
ただ俺の心には「逢ひ見ての後の心にくらぶれば昔は物を思はざりけり」という和歌が深く深く刻まれた。
身体を重ねても、心は手に入らない。
身体を重ねた後の方が、苦しみが深い。
辰馬が「先生もこういう経験ありますか」と聞いた時、俺は先生の横顔をじっと見ていた。
だが先生は俺の方には目もくれず、辰馬に向かって「そうね」と答えた。
先生、誰とのことを思い出しているんですか。
俺とのことも、そんなふうに思ってますか。
生徒と関係を持ったこと、後悔してますか。
俺は、今どんなに苦しくても、やっぱり先生をこの腕で抱いたことを後悔してません。