第3章 契約完了(銀八side)
翌日、愛里先生は何事もなかったかのような顔をして教室に入って来た。
「……」
いや…、まあ、わかってたつもりだけど。
ちょっとは俺のことを見て顔を赤くしたりしないかな、なんて思っていた俺が間違ってましたね、すみませんね。
俺なんか、先生をオカズに昨夜は2回も抜いてるからね?
…しかしすぐに、イラッとしている自分に苦笑する。
なんで俺、こんなに焦ってるんだろう。
自分の爪痕が残せないことの焦燥感?
そう、バイトではもっと器用にこなせるはずなんだけどな。
あー、いちご牛乳飲んどこ。イライラするときにはカルシウムだ。
その日の放課後、資料室に行くと、先生はペンを持ち、机に向かって何かしていた。
「愛里先生…」
「昨日も思ったんだけど、そういう風に私を呼ぶの、坂田くんが初めてだわ」
彼女は俺に顔を向けることなくペンを走らせている。
昨日のことを「なかったこと」にされていないのにほっとする。
そして、「坂田くんが初めて」というこの響き。
何て甘美なんだろうね。
「普段は『姫川先生』、時々『愛里ちゃん』。『ちゃん』付けは随分ナメられた呼び方だけどね。本人目の前にして『ちゃん』付けじゃ、影ではどんなにナメた呼び方してることやら」
「愛里先生、って呼ばれるの嫌ですか?」
「ううん、そんなことない」
「じゃあ、これからもそう呼びます」
そう言うと、先生はピタッと手を止めて、こちらを見てくれた。
「…改めて言われると、ちょっと照れるね」
その少し困ったような笑顔が、たまらない。
「で、坂田くん、用事は何?今ね、丸付けしてるの」
「昨日のワッフルのお返ししようと思って」
「ん?」
「いちご大福…好きですか?」