第8章 とけた 小十郎
「小十郎さんは、私にとって大切な人?」
「…だといいな」
「じゃあ、小十郎さんにとって私は大切な人?」
「勿論だ」
は初対面と言ってもいい小十郎に親しみを感じていた。
頭では覚えてなくとも、体が日常を覚え、心では小十郎という存在が大きかったというのを示してくれていたのだ。
「…明日になったら、また忘れてるんだろうな」
「……さあな」
「やだなぁ、小十郎さんのこと、忘れたくない」
明日になれば私は私でなくなってしまう、と静かに涙を流す。
「俺はな、医者なんだ」
「い、しゃ?」
「の病気を治すために働いてる」
だが医学でも記憶をいじるのは難しいし、ほとんど不可能なことに近いんだというのを小十郎は丁寧に教えた。
は不安そうに小十郎の話を聞いては頷いて、度々こぼれる涙をぬぐっていた。
「いつか、今までの記憶を、これからの記憶を頭に残らせるようにしてやるから」
「うん…」
「…そんな怖がるな、明日も明後日も、俺は毎朝きてやるから」
「…約束だよ」
「約束だ」
また一日が終わろうと日が暮れていく。
それはの記憶がなくなる合図でもあった。
「怖いなぁ…」
小十郎に病室まで送ってもらったは、重くなっていく瞼を必死にあげていた。
寝てしまったら、また何もわからなくなる世界が怖かった。朝起きて自分が誰だかわからなくなる瞬間が怖かった。
そして何より、小十郎を忘れたくなかった。