第17章 怖い、恐い 政宗 ★
「ちょっと遅くなるけど、行ってもいい?」
『待ってる』
政宗はそれだけ言うと電話を切った。
お互い長電話が嫌いなので、15分以上通話を続けたことが無い。でも冷たいわけじゃなく、私のことを何でも分かってくれている。
私が男の人が苦手だってこと、料理が下手なこと、最近増えている体重に落ち込んでいること。
「はぁ」
だから、一度もシたことがない。勿論2年付き合っている政宗とも。
私が嫌がっている、というのもあるけど...無理矢理するのは気が引けるって言ってくれたのだ。
なのに、私は......一体、何をしてしまったんだろう。
見ず知らずの男の人に奪われてしまった。
罪悪感も、劣等感も、今までに感じたことが無いほどに背中にのしかかっているのが馬鹿な私でもわかった。
「中古、かぁ...」
前に一度、友達と話したことがあった。
新品と中古について。
新品っていうのは、いかなる状況でも常に可愛がられ必要とされ、いつか中古になる日を恐れながらも生きることを楽しんでいる。
それに対して中古は、いろいろな人の手に渡りながら生きながらえ、苦しみを味わいながらも短期間の偽りの愛を感じながら生きている、と。
それは物も人間も、同じなのではないかと。
私は何よりも、政宗に捨てられることが一番怖かった。
政宗の視界から消えるのが怖かった。私という存在を消されるのが怖かった。
だから私は、この事実を隠し通す。
「お風呂お風呂...」
このべとべとした感じを落としたくて、私は家に帰って直ぐにシャワーをあびた。
なのに、なんでだろうか。
全く落ない気がする。
「うそ、うそ...っ」
汗とナニカで顔に張り付いた髪の毛を、いい匂いのする、政宗が気に入ってくれたシャンプーやリンスで綺麗にするのに、おちてない。匂いや感覚が。
「えっ、え、え...」
震える体が、あたたかいお湯を浴びても落ち着いてくれない。寒いわけでもないのに鳥肌がたつ。
がちがちと歯がなり、急いで嗽をしてから歯ブラシで口の中を綺麗にする。のに、べとべとが取れていない気がした。
ぽろぽろと涙が溢れてきて、お風呂場でしゃがみこんでしまった。
裸の私を抱き締めて、呼吸を整える。
「いか、なきゃ」
とにかく向かわなきゃ、とすぐにお風呂場から出て髪の毛を乾かしながら荷物を用意する。
政宗が、待ってるんだ。
