第6章 故郷もいいけど
…おかしい。
過去一度、及川と2人きりになって沈黙が訪れたことなんてない。
及川が休む暇もなくずっと喋っているから。
『あの…』
及川「…」
『…及川さ』
及川「高校に入って、俺はウシワカちゃんに一度も勝ててない。練習試合でも、公式戦でも」
ウシワカ…忘れるわけがない、先輩達の努力をパワーという圧倒的武器で倒していった男。きっと県内ナンバーワンの強豪校、白鳥沢学園に行ったんだろう。
及川「悔しかった。中学の時と比べて何倍も、何十倍も何百倍も練習してきたのに、一度も勝てない。その上、今年は飛雄も別の高校に入学してきて、チビちゃんっていう新しい相棒も見つけてた。俺は飛雄に負けるのかもしれないね」
…チビちゃん?
それより、今は及川さんの言葉に耳を傾ける。
及川「けど、それだけじゃない。何かが物足りない。中学の頃はもっと頑張れるって思ってた。でも現実はそうはいかなかったよ。何でだと思う?」
『…分かりません』
及川「それはね」
フワッと良い香りがしたと思えば、目の前に青城のジャージがあり、がっちりとした2本の腕に抱きしめられていた。
それが及川さんのものだと気付くまで、5秒要した。
いつもだったら振り払うけど、今の及川さんを前にそうする気は起きなくて。
本当にこの人が壊れてしまいそうで。
及川「、君がいないからだよ」
彼の声が震えていた。
(お、い川…さん…?)