第2章 帳
「伯爵にみっともない執事を晒すわけにはいかない。とりあえず、今だけはそうしていなさい」
「貴女の好いて下さっている髪が、これでは台無しです」
「今は我慢することね。さあ、行って」
「はい、姫様」
今度こそ、クライヴはその場を後にした。一連の流れを見守っていたメイドは、あまりにも美しい二人のやり取りにうっとりとしていた。仕事の手を止めているのに気付いたアリスは、メイドに鋭い眼光を向けた。
「手を休めるな、その調子では終わらないわよ」
「は、はいっ!!」
「まったく……どいつもこいつも。事の重大さをまるで理解していない」
アリスの鋭い眼差しは、屋敷の隅々にまで及んでいく。怒声が響く中、一人クライヴは困ったと言いたげに屋敷の玄関で彼女の声に耳を傾けた。いつもの日常、いつもの光景、クライヴは一人ほくそ笑んでいた。
「姫様は今日もご機嫌麗しい。さて、私もギルを探さなくては」
長い長い廊下が終わり、外へと出て庭に下りれば、アリスの愛する白い薔薇が美しく咲き乱れている。この庭には、白薔薇以外の花も赤薔薇さえも咲いていない。それは主人の趣味、クライヴは満足げに美しい薔薇に手を伸ばした。
「アリス様、貴女はまるでこの薔薇の棘のよう。どんなに触れたくても、私には触れることさえ叶わない……いつになれば、貴女に触れることをお許し下さるのでしょう?」
強く茎を掴めば、棘が柔らかな指の腹をに食い込み手袋などまるで関係ないとばかりに、彼の指にぷつりと赤い血が滲む。その様を眺め鮮やかに血が流れ始めた所で、ようやく薔薇から手を引いた。
「鮮血だけが、常に貴女の憂いを晴らしてくれる」
艶やかな舌で舐めとれば、苦い鉄の味が口いっぱいに広がる。