第2章 帳
「大理石の廊下は常に鏡のように美しくよ。庭の白薔薇の手入れはどうなっているの?」
「はい。それが……庭師のギルが見つからないのです」
「はぁ……ギルは何をしているの? クライヴ」
「お呼びでしょうか? 姫様」
行儀よく一礼し、速やかにアリスの元へやってくる燕尾服の男。アメジスト色の瞳を怪しげに潜ませ、嬉しそうに彼女へと微笑む。瞳の奥にはまるで、何千の屍を目にして淀んだかに思えるほど美しい色とは対照的に濁って映る。けれど、彼女を一度映した瞬間宝石のような眩いものへとすり替わる。気持ち悪い程に、真っ直ぐと彼はアリスを見つめていた。
ふと、視線に気付いたのかアリスはただ不愉快そうにそっぽを向いた。
「クライヴ、白薔薇の手入れは?」
「直ちにギルを捕獲し、速やかに」
「頼んだわ。晩餐の準備は出来ているわね?」
「勿論で御座います。厨房にて、ナタリーが腕によりをかけて調理を続けております」
「それなら構わない。クライヴはギルを仕事に戻し、その後はシエル・ファントムハイヴ伯爵をお迎えする準備を。失礼のないようにね」
「かしこまりました」
クライヴは長い黒髪を、惜しげもなく揺らしては踵を返した。
「クライヴ」
「はい……?」
聞き慣れた声に振り返れば、アリスの白くしなやかな指が彼の髪へと静かに触れる。クライヴは言葉にならない憂いを帯びた表情で、そっと彼女の行動を見守る。
「貴方の髪はいつも綺麗」
「いえ、姫様の美しい白銀の髪には敵いません」
「……口だけは達者ね。ほら、後ろを向いて」
「何かなさるのですか?」
アリスは 懐から赤いリボンを取り出すとクライヴの髪を一つに纏め結う。サイドの髪がはらりと流れ落ち僅かな影を残すも、先程よりかは彼の表情がしっかりと伺える。