第6章 仮面
「伯爵がラビットファミリーに拉致されたらしい。悪いんだけど、この豪華客船までご一緒してもらえるかしら?」
そう口にして、彼女はセバスチャンへと数枚のチケットを掲げて視界に入れさせる。すぐに意図を読み取ったのか、セバスチャンは僅かに口角を上げた。
「はい、喜んで」
「……姫様、このような男を連れて行くなど……」
「なら、クライヴが伯爵を助ける……とでも? 面白いことを言うじゃないの」
「まだ何も言っておりませんよ」
クライヴは嫌そうにセバスチャンに視線を向け、そのままアリスへと向ける。彼女の、文句の言わせない強い瞳がクライヴを掴んで離さない。いつだって彼には、選択肢があるようでいてそうではない。執事だからか、或はもっと違う何かか。
アリスの我儘は今に始まったことではない。そんな思いが、クライヴの胸の内を占めた。
「私は姫様の執事です、命令があるならば……けれど。私は、貴女以外の人間を守る気はありません」
「そう、だからお前は"私以外"の誰かを助けることなんて出来はしない。いいわね? セバスチャン。こういうことだから、貴方には察しの通りだろうけど伯爵の救出を任命するわ」
「私は、アリス様をお守りできればいいのですが?」
悪びれる様子もなく、にっこりとセバスチャンは言い切った。それこそが悪意だと、そう捉えるアリスからすれば嫌な冗談だ。アリスもまた、にっこりと微笑んで言い放った。
「主人が捕まったのよ? 我儘言ってんじゃねぇよくそ執事」
――お前が言うなよ。
この場にいた、セバスチャンとクライヴとナタリーは失礼ながらもそう心の中で、ぽつりと思ったのかもしれない。現に、誰もが口を閉ざし何処か意識を遠くに向けているような気がした。
「お嬢! 私は、奴らに召集かけておきます。お嬢がいない間の、屋敷の警備に関して見直しが必要なんで」
「ええ、お願いね。ナタリー」
三人だけとなったことで、より一層空気は悪化したように思えた。互いを取り巻く物が、何か黒い物のように思えて、いち早くアリスが振り払うように言葉を並べる。