第2章 帳
「姫様、お湯加減は如何でしょうか?」
真紅に染まった湯船、ゆるりとそれに浸かりながら伏せた瞳でじっと見つめる少女が一人。赤い湯は手で掬い上げたと同時に、指の隙間から全て零れ落ちてしまう。口元に僅かな笑みを浮かべながら、赤い湯と同じ双眼が世界を見つめるかのごとく大きく開かれた。
「ところで、例の件はどうなっているの?」
「はい。明日には、お望みのものが届くかと」
「そう……ならいいわ」
彼女の白い肌が、指先が、自らの唇をなぞりながら紡ぎ出される言葉。まるで悪魔の囁きのようで……浴室の向こう側で控えていた燕尾を服を着た男にだけは、微かに届いていたのかもしれない。
「早く会いたいなぁ、セバスチャン」
少女の双眼の奥には、確かな予感と深い闇が潜み、大きく宝石のような瞳だけが不安げに揺れる水面のように僅かな迷いを覗かせた。けれどそれも、瞬きと同時に払拭してしまう。
燕尾服の男は一人目を閉じ、ほんの少しの願いを込めた。どうか彼女の憂いが、一日でも早く晴れますように。そして……――彼女の願いが、一日でも早く叶いますように。それが例え、残酷で呪いにも似た祈りに過ぎないとしても。
時を同じくして、ファントムハイヴ邸では、アンニュイな表情を浮かべ、シエル・ファントムハイヴが一枚の書類を手に頬杖をついていた。
「おい、セバスチャン」
「はい。なんでしょうか、坊ちゃん」
「お前……鷹を知っているか?」
「動物の……ですか?」
「違う」
シエルは一枚の紙を、徐にセバスチャンへと向けた。セバスチャンはそれを受け取り、記されている文字を目で追う。