第3章 一夜
「入れ」
「失礼致します」
相手を確認するまでもないといった様子で、アリスは相手を確認することもなく招き入れた。勿論、その人物とは執事のクライヴであった。
「どうかしたの……」
「いえ。夜も遅いので、彼らには泊まって頂いてはいかがでしょうか?」
「というと……?」
「もう少し、彼らの様子を観察させて頂きたい。出来ることなら、短期間で構いませんので彼らに滞在して頂いてはいかがでしょうか。その間、彼らの近辺を調べることも出来るかと思います」
「表面上の情報は、最早使い物にならないというわけね……」
ベッドから起き上がると、クライヴへと両手を伸ばした。
「クライヴ……」
「姫様」
彼は静かに彼女の傍に寄り添い、クライヴは彼女を優しく抱きしめた。その両手が、何を求めているのか、彼にはわかるのかもしれない。
「姫様……私は、何があっても貴女の執事です。どんな貴女であっても、奴のように裏切ることはけしてありません」
「わかってる、わかってるのよ……」
ぎゅっと、クライヴにしがみつくように。アリスの記憶の中に残る、セバスチャンの笑み。思い浮かべては消えていく。あれは、幼い頃に見た彼の偽物の笑顔。
「今の彼はね、私と居た時よりとてもいい表情をしていると思うの。ずるいわよね……シエルは、伯爵は……あの男を、本当によく従えている」
「だから、なんだというのです」
クライヴは優しく彼女の頭を撫でた。綺麗な白銀の髪は、指を通すとさらりと落ちていく。アリスは小さく息を吐いて、目を閉じた。
「貴女とあの男が、過去に何があったのか……私は知りません。けれど知る必要はありません。姫様の執事は、私一人だけなのですから」
「……そうね」
厚い雲が月を隠す。闇が支配する頃、シエル達の方は許可を貰ったうえで書庫へと再び足を運んでいた。