第3章 一夜
「……セバスチャン? 何の戯れかしら?」
冷ややかなアリスの視線が、目の前にスプーンとセバスチャンの嫌味な笑顔に交互に向けられる。
「その可愛らしいお口で食べているお姿を、目の前で拝見させて頂けないものかと思いまして」
「セバスチャン。彼女に失礼だろう」
「申し訳ございません」
ふっと可笑しくてアリスが笑えば、セバスチャンは嬉しそうに優しい瞳で彼女を見つめた。その視線に気づいたのか、アリスはぷいっとすぐに目を逸らした。ただ一人、クライヴだけは鋭い眼差しでその様を見届けた。
「ファントムハイヴ家といえば、とても有名な名家。お堅いところだと思っていたのだけど、茶目っ気もおありなのね」
「お恥ずかしいことです……本当に、申し訳ない」
「いいえ。私、嬉しいわ伯爵。こうして人と楽しい時間を過ごすことはなかったもの。本当に、今日はいらしてくれてありがとう。デザートも美味しいわ」
「喜んで頂けたなら、僕も来た甲斐があるというものです」
晩餐会は、和やかな雰囲気で執り行われる。クライヴは静かに、懐中時計で時刻を確認していた。まるで、これから何かが始まるかのように。
食事を終えた後は、シエル達は用意されたゲストルームへ。アリスは自室で休んでいた。ベッドに寝そべって、疲れたと言わんばかりに枕に顔を埋めた。
「めんどくさい……」
彼女にとって、いつまでも煮え切らない態度を取り続けるシエルが、回りくどくてイライラするらしい。
聞きたければ聞けばいいのに、全て言ってしまえばいいのに。
そんな彼女の心とは裏腹に、何事もなく時が過ぎようとしている。その瞬間、ゆったりと扉をノックする音が聞こえてくる。