第26章 愛欲
「アリス、帰りましょう……坊ちゃんと、貴女の執事の待つ場所へ」
「そうね……」
愛することは、相手を信じていくことへと繋がっていく。
二人にそれが、出来るのだろうか? いや、その問いは愚問だろう。
「ああそうだ。今回はクライヴさんが貴女の使用人と屋敷を奪いましたけど、彼がやらなければ私がやっていました」
「……は?」
素っ頓狂なアリスの声に、またセバスチャンは笑いながら彼女を抱き上げた。
「しっかりと掴まっていて下さい、お姫様」
「生意気っ!!」
しっかりと離さない様に、二人は窓から宮殿を飛び出した。
広い庭を駆け抜ける。赤い薔薇園の景色を視界に入れていると、光る刃が二人の視界へと飛び込んでくる。
「っ……!!」
「なんだ、避けたか。アリスの執事はどうしたの? ファントムハイヴ伯爵の執事さん」
「グレイ伯爵……」
冷えた瞳と恐ろしい程の怖い顔を浮かべたグレイが、剣を手に二人へと切っ先を向け立ちはだかる。どうやら、彼を倒さなければこの場を抜け出すことは不可能のようだ。
「ボクのアリスに触らないでくれない? 下等な執事風情が」
「それは困りましたね。いつから貴方のアリスになったというのです?」
「そんなこと、あんたに応える必要ある? アリスを離せ」
「……そういえば、アリスの敵討ちがまだでしたね」
そっとセバスチャンはアリスを降ろし、下がる様に告げる。アリスは小さく「無理はしないで」と告げると、彼らと距離を置いた。
「アリスの代わりに、彼女を数年前、エンジェルドラッグで苦しめた張本人である女王陛下の執事。グレイ伯爵を、ここで私直々におしおきして差し上げましょう」
「誰に向かって口聞いてんの? 殺す」
ぐっと互いに踏み込んだ。
セバスチャンは懐からシルバーのナイフを、グレイは剣を手に互いに切りかかる。
見ていることしか出来ない自分を責めるように、アリスはただ願った。
「セバスチャン……」
赤い薔薇が、散る。