第26章 愛欲
セバスチャンは手にしていた剣を捨て、懐中時計を一度見てはシエルの方へと歩み寄る。
「坊ちゃん、いかが致しましょうか?」
「そうだな……まさかエンジェルドラッグの首謀者が、女王ご自身だとは思わなかった。だからと言って、僕らには関係のないことだ」
「貴方達は……姫様のことなど、どうでもいいって言いたいのですか?」
「……。僕らの目的は貴族の娘、殺人事件の犯人を捕まえることだ。だが、まぁ……僕に考えがあるぞ、クライヴ」
「なんです?」
「お前が僕と共に、この事件を解決すると言うのなら、代わりにセバスチャンをアリス奪還に向かわせよう。必ず、約束する」
「そんな言葉を、僕が信用するとでも思いますか?」
しかし、シエルの瞳はいつにも増して真剣そのものだった。クライヴは暫くシエルと睨み合うと、すぐ逸らして応えた。
「……絶対ですか? 絶対に、姫様を……」
「僕は悪魔と違って、友人の執事と交わした約束は守る」
「友人……ですか、姫様は」
「僕にとって、アリスはそういう存在だ」
クライヴは剣を鞘に戻すと、深々とシエル達へと頭を下げた。彼にそこまでさせるアリスの存在。きっと、シエル達が思うよりも深く、強い愛情なのだろう。セバスチャンはクライヴのそんな姿を瞳に映しながら、そして瞳を閉じた。
聞くべき言葉を、聞き逃さないようにと。