第23章 安息
「別に今すぐ自分を好きになれとは言わない。ただ、自分ではない他の誰かが好きでいてくれる自分を……好きになってみるのはどうだ?」
「誰かが好きになった、自分を好きになってみる……?」
「そうだ。僕はそういう陳腐なものに縋りついて必死に足掻く君が好きだ。自分も、そうだと思うからだ」
「……」
「別に、ファントムハイヴ家が滅んだところで僕はシエルでなくなるわけじゃない。その時僕はきっと、名前だけを背負って地位も何もないただのシエル・ファントムハイヴとして生きるのだろう。でも、僕はそんなこと望んでいない。悪の貴族である、ファントムハイヴのシエルでいたいんだ。その為なら、悪魔にでも魂を売るのさ」
「そう……」
「君も、そうなんだろう?」
アリスは俯いて、じっと考え始めた。ほんの僅か、シエルの言葉にそうなのかもしれない……という思いが過ったところで、小さく頷いて見せた。
「まあ、なんだ……。それでも、もう少し自分の為に生きてみたらどうだ? 少しくらい血生臭い場所から出て行ってしまってもいいじゃないか。誰も、君を咎めたりしないよ。セバスチャンに殺された、君の叔父たちも」
「……知っていたの?」
「アリスのことを調べさせてもらった。そこで、知ったことだ。女王から、君を監視するように命が降っていた。最近の君達は女王に反抗的だとね」
「ははっ、そうかもしれないわね……ずっと、もうずっと前から……ヴァインツ家のアリスでいるのは、嫌だったのかもしれない」
ヴァインツ家のアリスで居続けることは、これからもずっと血に濡れながら女王の憂いを晴らして生きていくことを強いられていくことだったからだ。とっくの昔に、アリスは普通の幸せに憧れていたのかもしれない。