第2章 帳
「実は……ファントムハイヴ家の執事と名乗る男が、約束の時間よりも早くお見えになっているのですが」
「なんですって?」
――どうして、また……?
アリスは一瞬迷うが、その迷いはすぐに打ち払われる。双眼を見開いて、メイドに命を下す。
「私が出迎えるわ。貴方達は、自分の持ち場に戻りなさい」
「しかし……! クライヴさんはまだ、戻られておりません!」
「構わない。すぐに来るでしょう」
アリスはスカートの裾を持ち、部屋を出た。廊下の窓から差し込む太陽の光は、何故か厚い雲に阻まれ屋敷に薄暗い空気をもたらす。何か……来る。そう予感させるほどに、怪しい雰囲気がアリス共々屋敷を包み込んだ。
玄関先へ足を延ばせば、もう一人のメイドが困惑の色を濃くし、アリスを見つめた。
「アリス様!? いけませんっ! まだクライヴさんが……っ」
「お客様を待たせてはいけないでしょう? お退きなさい」
彼女が一度そう発すれば、メイド達が顔を見合わせ戸惑ったように一人が扉へと手をかける。だが瞬間、大きな手が覆い被さりその手を止める。
「クライヴさん……っ!? い、いつの間に」
「姫様の元には、常に」
煙のようにふわりと現れたクライヴが何食わぬ顔で微笑めば、メイドはさっと手を離し二人から十分な距離と保ったまま後退し深々と頭を下げる。クライヴはそのまま気に留める素振りもなく、ゆっくりと扉を開けた。
「お待たせして申し訳ないわね。ファントムハイヴ家の執事、で間違いないわね?」
「はい。私、ファントムハイヴ家執事のセバスチャン・ミカエリスと申します」
さも当たり前のように、彼女は気丈に振る舞い本日のお客人、ファントムハイヴ家の執事を出迎える。扉の向こうから優雅に一歩、漆黒の燕尾服が入ってきたかと思えばこれまた優雅に一礼し、アリスへとその瞳を向けた。彼女がセバスチャンを視界に入れたと思いきや、そのまま遠慮なくセバスチャンへと抱き着いた。これには、その場に居たクライヴとメイド達も怪訝そうな複雑な表情を浮かべ少し場はざわついた。