第32章 エルヴィンの感情
俺はこんなことをしていい人間ではない。
今まで好き勝手やって来た部分もあるが、
こんな幸せな気持ちを味わっていい筈がない。
この感情を認めてしまうと、
きっともう前のようには戦えなくなるだろう。
非情で冷酷な悪魔にはもう戻れない。
……だが、戻れなくていい訳がない。
自分は常に屍の上に立っている。
俺が俺の作戦で死なせてきた
多数の兵士たちの屍の山の上に。
仲間を鼓舞し、奮い立たせ、
死地へ突撃させ続けている詐欺師が
のうのうと幸せに生きていていい筈がない。
ただでさえ自分は、
悶え苦しみ、今すぐにでも地獄へ
落ちなければいけないような存在だ。
それなのに生きながらえて
自分の意思を貫こうとしているのだから、
もっと苦しみ、悩み、葛藤し、
悶えながら生きるべきだ。
代償としては、
それでも易しいくらいだろう。
そうして生きていくことを選んだからこそ、
今まで何度も奮い立ち、
鋭敏に戦うことができていた。
忘れてはいけない。
手に取った書類には
仲間が生きたいと願う気持ちが伝わる
作戦、文章が並んでいる。
調査前の自分に出来ることは、
その気持ちを汲み、
共に人類が前進する方法を模索することだ。
……目的を忘れてはいけない。
凛の世界に行ったことで、
何もかも忘れかけていた。
いや、忘れようとしていたんだろう。
心のどこかに潜んでいた、
遥かに続いて欲しいと思える安寧を求めて。