第3章 地平線の見える丘で
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『ふふ……懐かしい』
過ぎ去りし日の思い出に浸っていると突然部屋にノックが響いた。
「何だ、この散らかった部屋は」
私の返答を待たずにドアを開け放った兵長は不機嫌そうに呟いている。
その手には木製のバスケット。
ピクニックでよく見かけるあれだ。
『引越しの荷造りをしてたんです』
「そうは見えないが……?」
洋服やら雑貨類やら、まさに足の踏み場もなく物が散乱した床を器用に歩きながら兵長は言う。
私は窓辺に腰掛けたまま彼が一歩ずつ近付いてくる様子を眺めていた。
“兵長のことが好き”
膝の上で開かれっぱなしのページにはたった一言そう書かれている。
このスケッチブックにイラストではなく“言葉”を書いたのはこれが最初で最後だった。
「ほう……随分と懐かしい物が出て来たもんだな」
『覚えてるんですか?』
「忘れる訳ねぇだろ……あの日は本当に大変だった」
些かげっそりとした面持ちで言う彼を見て思わず笑みを零す。
『あんなに必死こいた兵長は二度と見れないでしょうね』
「全くだ。ったく……オルオの馬鹿がニューハーフなんぞ買うからあんな事に」
『え!!?』
「は?」
『あの娼婦オネェだったんですか?!』
「言ってなかったか」
『聞いてないですよ……』
道理で背が高いと思った。
私は妙に納得しつつ、オルオの守備範囲の広さに深い溜息をつくのであった。