第2章 忘れじの記憶
【Scene3】Snoozey baby
あの日は確か雨が降っていた。
窓に当たる雨粒がパラパラと小気味いいリズムを刻んでいたのを今でも覚えている。
それからもうひとつ。
耳に響いていたのは紙を削るペンの音。
“人類最強のうたた寝”
私はそんな言葉を思い浮かべながらスケッチブックにインクを滲ませていく。
眼前で机に突っ伏して寝息を立てているリヴァイ兵長。
巨人の恐怖が去ってから兵長は、時々こうして無防備な姿を見せるようになっていた。
この絵を量産して兵舎中に飾り付けてやろう……そんな悪趣味なイタズラを思い付いてニヤニヤしていた時だ。
「……な…い」
兵長が寝言を言ったのだ。
小さくてよく聞き取れなかったが、でも確かにそれは「すまない」と……そう聞こえた気がする。
それが誰に向けられた謝罪なのか、
兵長がどんな夢を見ているのか。
私には到底分かりっこないが垂れた前髪から覗く横顔はとても辛そうで。
『……!!』
出会った頃から変わらぬ酷いクマを一筋の涙が伝った時は心臓が止まりそうになった。
どうしたんですか。
何が悲しいんですか。
そんな月並みな言葉が頭を過っては消えていく。
しかし声を掛けようにも彼はまだ眠りの中にいる為どうしたらいいのか分からない。
『(兵長……泣かないで)』
悩み抜いた末、私が取った行動は兵長の頭を撫でてあげることだった。
だが私はこの選択が間違いだったと直後に悟ることとなる。
彼の髪に触れた瞬間、人類最強の握力で腕を掴まれたのだ。
『ひぃ……!!』
突然のことに驚いて悲鳴を漏らしていると兵長は寝惚け眼で私を見上げてきた。
怒られる。
若しくは、怒られる。
神経質な兵長のことだ。
俺の安眠を邪魔した奴は誰だろうが死刑に処す……きっとそんなポリシーを持っているに違いない。
そんな事を考えてビクついていたが兵長からの鉄拳は一向に飛んでこなかった。
それどころか、彼は私の手を握ったまま再び眠ってしまったのだ。
『え……あの、兵長……?』
結局私はそのまま二時間近く身動きが取れなかったのだが、先程とは打って変わって“穏やかな寝顔の兵長”を見れたのは思わぬ収穫で。
心にジワリと広がった熱。
それが“愛しさ”であることに気付いた私は、寝息を立てる兵長の隣でそっと頬を赤らめるのであった。