第45章 類を以て集まるも懐を開く義理はない(及川徹)
「バッカじゃないの、そういう冗談笑えないから」
嫌いな野菜を前にした子供のような顔をして及川が口調を強める。私も口元が歪む。彼は私のことを嫌っているのだ。ここまではっきり表に出せる人間も珍しい。嫌われる側もかえって気が楽なのが不思議なところだ。
及川は表向きから見ると、少女漫画に出てくるキャラクターみたいだ、と私は思う。第一話で主人公の女の子が好きになるような本命の男の子じゃない。ストーリーの途中から突然登場してくるイケメンで、横から全部かっさらっていくような、場を引っかき回すライバルポジションになりそうな人。もし及川が海外アニメの登場人物だったなら、ウインクひとつで街の女の子たちがドミノ倒しになるんだろうな、と想像してみて、少し演出過多かな、と笑ってしまった。
「ちょっと、このタイミングで笑うのやめて」
気付けば及川の怒る矛先は私の方に向いていた。ごめんごめん、と謝って「でも、及川も同じバンド好きだとは知らなかった。奇遇だね」と話をはぐらかそうとしてみたけれど、返ってきたのは舌打ちだった。
「この曲気に入ってたけど、なまえも聞いてるって思うとなーんか微妙」
「私も、ラジオ毎週楽しみにしてたけど、これから聞く度に『及川も今頃聞いてるのかなぁ』ってふと考えちゃいそう」
「うわ、最悪だ」
「お互い様で」
容姿端麗で文武両道。でも及川のすごいところってそこじゃない。彼が一つ一つ努力を重ねていることは私も知っているからだ。誰かに自慢するための努力ではなく、淡々と渇きを満たすように積み上げていく。そのギラギラと深奥に立つ炎が、端から見てて一番の恐怖に感じるのだけれど、たぶん本人は気付いていないのだろう。
引け目を感じずにはいられないのだ。私は。部活をやってるにはやっているけど、私が所属しているのはゆるい茶道部だから。お手前の練習はしているものの、お菓子とお喋りがメインの週3活動。ハードな鍛錬が続くバレー部の及川にガルルと威嚇されても、あはは、とお茶を濁すしかないよ。
私たちはライバルではない。家は近所ではないし、部活だって運動部と文化部だ。成績で競い合ってるわけでもない。戦う土俵が存在していないから、比較する必要は無い。だけどどうしてか、気になってしょうがないところもある。