第41章 はるかぜとともに(澤村大地)
「もし、猫に関して迷惑に感じたら、俺に直接言ってくれ。飯をやるのは止めるから。でも、それまでは見逃して欲しい……かな」
「私、知らない振りします。猫好きだし」
「あぁ、すまん。ありがとう。その代わり、って言っていいか分かんないけど、なんか困ったことがあったら協力するよ。俺と同じ大学だろうし」
「本当ですか!?」
「ここら辺で大学って、他にないだろ」
まさか引っ越し初日で頼れる人ができるなんて。バンザーイ!と両手を上げたい気持ちになった。お隣さん、かっこいい人、同じ大学!まるでアラビアン・ナイトの大海原でシンドバッドに巡り会えたみたい、アイアムノットロンリー!とにかく、心強かった。
じゃ、じゃあ、と早速いちばんの心配事を尋ねた。「ここ、虫は出ますか!?」
この質問は、どうも澤村さんにとっては予想外だったみたいで、「虫?え、虫?......まあ、時々?出るか?出たかな?」とたくさんの疑問符を並べて口元に手を当てた。
「頻繁に、出ますか?あの……」それ以上は言葉にしづらくて、私はもごもごと口を動かした。澤村さんはそれも聞き取ってくれて「ゴキブリ?」とわざわざ大きな声で繰り返した。
「俺の部屋では出会ったことはないけど……あぁ、そういえばムカデだったら去年」
「えっ!?」
「1回だけ」
「あ、あ、」
言葉を失う。「苦手?」と訊かれ、全力で首を縦に振る。何が面白いのか、澤村さんは、あっはっは、と大きな口を開けて笑った。
「そーかぁ。じゃあ、困ったら呼んでよ。すぐ叩きに行くから」
頑丈そうな腕でガッツポーズを作って、「あ、俺見たいテレビあるから、それじゃ!」とケロリとした様子で澤村さんは部屋の中へ引っ込んだ。
コンビニで晩ご飯を調達して帰ってきた時、春の夜空に背中を向けて、私は自分の部屋のドアに手を合わせて祈りを捧げた。
虫さんたち、出てこい。いや、やっぱり出ないで。
ーーー
おしまい