第39章 始まりは睫毛より上(花巻貴大)
「みょうじ、なんで目、閉じてんの?」
耳元で花巻くんの声がする。「開けて?」
だって、と言い訳しかけると「開けろよ全体のバランスとりずれーんだよ」と舌打ちしながらドスを効かせてくるので急いで瞼を上げる。パチッ。
ぼんやりとした視界には至近距離に花巻くんの顔があった。手にはペンシルタイプのアイブロウを持っている。「まずはアウトライン引いていくから、」とわけのわからない説明をされ私はソファに座らされ、花巻くんは私の眉に線を引いていた。どうも形を整えるための下書きになるらしい。
眉頭、眉山、眉尻。
手際よくポイントに印をつけると、左右のバランスが均等になるように線を引く。なんというか、私はすごく感心していた。最初に花巻くんから邪魔なので眼鏡を外しますと言われて、「眼鏡、発進!!!」と効果音付きでテイクオフされた時はもう舌噛んで死んじゃおうかと思ったけれど、いざ作業に突入したら意外にも静かにさくさく手を動かしている。
花巻くんは、時には遠くから、時には近くに顔を寄せて、引いたラインを確認している。はみ出したところはクレンジングを含ませた綿棒で綺麗に消しつつ、まるで絵を描くようにペンシルを走らせていく。しかしキャンバスは私の顔だ。放置していた眉毛だ。やめてほしい、そんなじっと見ないでほしい、恥ずかしい、こんなガン見されるってわかってたら多少はおめかししてきたのに!そりゃ目も瞑りたくなるわ!
ペンシルを持つ花巻くんの右手の、小指が頬に添えられる。びっくりするほど慎重で、繊細な手つきだ。
「動くな」
「はい」
「目開けろって」
「はい」
しかし態度は依然としてオラついている。もう私は人形だ、マネキン、いや蝋人形だ………!と自分に言い聞かせることにした。感情も無にしなければ。
実際は向き合っている状態だけど、私は花巻くんのさらに奥の景色を見るようにして必死に目を合わせないようにしていた。あまりにも真面目な表情が目の前にあるので見てはいけない気持ちになっていた。というか気まずい。