第39章 始まりは睫毛より上(花巻貴大)
「みょうじって、いっつも本読んでるから真面目かと思ってたけど、漫画だったんだな」
ブックカバーで表紙を覆われたコミックを感心したように眺めながら、花巻くんは長い脚を机の上で組んでいた。
全く仲良くもない女子の机でそのお行儀とデリカシーの無さ。ドン引きしている私の腕をぐいと掴むと、「時にみょうじ」と乱暴に顔を近づけてきた。「ちょっとデコ見せろや」
「は?」
ずれた眼鏡を直す暇も与えてくれず、ガッ!と乱暴に前髪をかき上げられる。ええええええ頭皮が引っ張られて痛い!
しまいにはおでこ全開の他人の顔をしげしげと眺めて「いや、マジありえないわ」と一言。
ありえないのは君の方だよ花巻くん。
クラス中の視線が痛いよ花巻くん。
「みょうじ、今日の放課後に俺の家に来い」
「いやいやいや、え???」
「17時あたりに来い」
「花巻くんて家あるの?」
「あるに決まってんだろ」
「もし、行かなかったら、」
「どうなるかって?」
ニタァ、と笑って、花巻くんは制服のポケットからスマホを取り出した。上部だけ摘むようにして私の目の前でぶらぶらと揺する。画面に映るのは個人的に慣れ親しんでいる青を基調にしたイラストサイトで、真ん中には一昨日に夜更かしして描き上げた男の子2人が絡み合う漫画ーーーってそれ私のPIXIVアカウントおおぉ!!?
なんで花巻くんにバレてる!?
ダラダラダラと滝のように汗が流れる。花巻くんは満足そうに、いや、なんかさぁ、と周囲に聞こえないように耳打ちしてくる。
「この前、Twitterで『台風で休校キターーー!』って呟いてる奴を見っけて?なーんか気になって調べたら、やたらいかがわしいイラストを描くのが趣味みたいで?やたら 誰かさん みたいな行動パターンで?しかもこれと、同じアカウント名で、いろんなSNSに登録してるみたいで?クラスの皆に教えようかと思ったんだけど?その前に良かったら俺んちに来て欲しいなー❤︎なんて」
全てを察した。
「行かせていただきます……」
こうして私は、花巻くんの家に行くことになったのである。(ジーザスクライシス!)