第36章 青葉雨の日(松川一静)
「じゃあ、こうしようよ、」と提案をしたのはなまえだった。「わたしが、『せーの、』って合図出すから、一緒に起き上がろう」
「…………おう」
「いくよ?」
「おう」
「せーのっ」
とは言ったものの、なまえは動かなかった。
もちろん、松川も微動だにしなかった。
「起きれなかった」
「マジ茶番でした」
「愚の骨頂ですし」
「この上なくおろか」
こんなの馬鹿馬鹿しいや、となまえは笑った。カーテンの向こうは、先程よりも明るくなっている。あぁ、いまは夜明けだったのか、と漸く判った。どうやら日曜の朝だったのだ。
力尽きた腕立て伏せのような格好から、膝を折って、両腕を伸ばした。ちょうど、伸びをする猫のような体勢になり、あくびをひとつ。
「わたし、帰る」
「は?」
これは時間の無駄なのかもしれない、とようやく思えるようになったのである。
「帰んの?」
「帰るよー」
「なんか予定あんの?」
「別にー、無いけど……」
起き上がろうとした身体が、とんでもなく重たかった。頭だけでなく、あちこちが固まっていたようで地味に痛い。やはり雨の日の低気圧のせいもあり、寝過ぎのせいでもあるのだろう。
のろのろと時間をたっぷりとかけて、眠い目を擦り、ベッドの縁に腰かけた。
地面に足を下ろそうとしたところ、後ろから手が伸びてくる。腹部に優しく回された。
あのですねぇ、となまえは笑う。今度こそ本当に抱き寄せられたのだ。
「せっかくさ、頑張って起き上がったのにさぁ」
抗議をするも、まぁいいじゃないの、と、なだめすかされる。クスクスとふたり忍び笑う声も、いつしか途絶えた。
そして雨の音だけを記憶に残して、なまえはまた目を閉じる。くり返すように、夢の中へと降りていった。
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おしまい