第33章 屋上の烏、恋は曲者(月島蛍)
恋は盲目だなんて言うけれど、ここまで人がバカになるなんて知りたくなかった。
ねぇ、ツッキー、と休み時間に山口が僕の机にやってきた。
「なんでみょうじさん、今日は……」
「知らない、本人に聞けばぁ?」
聞き終わる前に遮った。視界の端のなまえの背中がピクリと動いた。
え、と山口はちょっと固まり、居心地の悪そうに、みょうじさん……と後ろを向いて声をかけた。
「なんで今日、男バレのジャージ着てるの」
烏野高校排球部、の文字を背負ったなまえはゆっくりとため息を吐いて椅子を引き、そして真剣な顔で山口を見た。
「ちょっとした事情があるの」
東峰先輩の妄想で頭がいっぱいで制服のスカートを履き忘れてきたからね。
「それ、ツッキーのジャージだよね?」
「山口くんよく分かるね」
ほんと、よく分かったね。
「じゃあなんでマスクなの、風邪?」
「予防」
東峰先輩の妄想でにやける顔を隠すためにね。
ちら、となまえがこっちを見るので、僕は知らないフリをしてノートを開いた。
バカだよなぁ、としみじみ思う。なまえは年々バカになってる気がしてならない。
思い出と呼ぶには生々しすぎるあの日以来、僕はしばらくバービー人形を見れなくなった。生首に追いかけられる夢も見た。折れた緑色のクレヨンは、テープを巻いて補強したはず、ひょっとしたら、未だに押し入れのどこかで眠っているのかもしれない。
ノートをめくる。これは放っとけないなんて気持ちとは違う。面倒を見るつもりもない。ただ、一度繋がった縁を断ちきるのは中々難しいものだとは思う。
ノートをめくる。教室の篭った空気を吸ってふと顔を上げ、廊下に続く教室のドアを見る。「あ、東峰さんだ」と大声で嘘を吐く。ガタガタと音をたてて動揺する背中を周辺視野で楽しみながら、僕はまたノートをめくる。
***
おしまい