第33章 屋上の烏、恋は曲者(月島蛍)
あー、東峰先輩、好きです、辛い、寒い、あっためてもらいたい。僕が何も言わないのをいいことに、16歳のなまえはひたすら喋り続ける。本人に一言伝えればいいのに、と僕は思う。この大きな独り言を東峰さんに聴かせてあげたい。今ごろ何も知らずにのんびり登校してるんだろうか、ご愁傷さま。ご愁傷さまです東峰さん。
学校の校門に差し掛かった時、「あ」となまえが立ち止まった。
「何」と僕も釣られて足を止める。「どうかしたの」
なまえは青い顔をして、何やら腰まわりをサッサッと両手で触っていた。マスクの上にある大きな瞳が僕を見上げる。そしてポツリと言った。
「スカート履いてない」
「は!?」
さすがに僕も驚いてしまい、咄嗟になまえの下半身をまじまじと見た。大人びたチェスターコートの丈は膝下より長く、中に履いてるか履いていないかなんて外から見ただけでは分からない、いや、本人が言うんだから履いていないのかもしれない、まじか、なんでだ。
「なんで履いてないの」
「……忘れた」
制服のスカートって忘れるものなの?
「じゃあなまえ、キミ、その下何も履いてないわけ?」
「いや、そん…さすがに何もではないよ………180デニールのタイツ」
「そういうこと聞いてるんじゃなくてさ」
う、となまえが息を詰める。そっと後ろ側の裾をめくって確認したのち、「ど、どうしよう」と僕を見た。
「どうしよじゃないよ」
痴女じゃん、と思ったまま口に出た。そりゃ寒いわけだよね。キミ今年でいくつになるの?「今日はもう帰ったら?」
校門から校舎にかかった時計を仰ぐ。朝のHRまでに家に戻ってたら完全遅刻だ。
「なんで月島はさ、いつもそう、そんな、」
言葉の途中、なまえが変な場所で息つぎをした。これは"月島、助けて"を言い出す合図だ。
「月島…」
「残念だけど、そんな見つめられても何もしてあげられない」
「う」
「僕にどうしろっての?」
いくら僕でも女子のスカートはどうにもできない。
「なんで私、スカート履いてないんだろ」
なまえが途方に暮れたような声を出した。酷くショックを受けてる様子で、もし、東峰さんなら、とふと僕は考えていた。
東峰さんなら、こういう時、どうするんだろう。