第33章 屋上の烏、恋は曲者(月島蛍)
短い息を吐き、寒い、と漏らすなまえの髪の毛はラフに1つにまとまっている。毛束を輪に通すように使うそのヘアアクセサリーは見慣れない、また新しいのを買ったのだろうか。
「あー!東峰先輩好き、好きすぎて辛い」
烏野に入学してから、あるいはなまえが東峰さんに一目惚れをしてから、それは急激な変化だった。有り体に言えばなまえはお洒落に気を遣うようになったと思う。歳上の想い人と釣り合うようになるためなのか、それとも他に理由があるのか、いずれにせよ背は平均並でも元から足は長かった。好んでモノトーンを基調としているせいもあり、最近はやけに大人びて見える。
でも根本的にバカなのは昔からさっぱり変わっていない。
「何なのあの人、格好良すぎるでしょ……意味わかんない」
定期的に聞かされるこのフレーズ。格好良くて意味わかんないとはなかなか酷い言いがかりだ、と僕は思う。
「私ねぇ、網膜に焼き付いた先輩の顔を思い出すと切なくなる」
「バカだね」と僕は声に出した。「そういうのいちいち報告しなくてもいいよ」
最近のなまえを見てると、元飛行機乗りで有名な小説家の名言を思い出す。『ぼくがこれほど、あなたに執着しているのは、』から始まる一節、まさにこのことなのか、と失笑してしまいそうになる。
でもそんなことお構いなしに、なまえは「あぁ、東峰先輩……」と宙を見る。「スーツ、エプロン、ユニフォーム……」とうわ言を繰り返しながら何かを指折り数えている。
「私らのクラスに来たらどうしようね、やばいね、ドキドキするよね……『待った?』って放課後に二人きりでさ、一緒に帰ってさ、『寒くない?』って手繋いでくれたらっあーッ!」
「うるっさいなぁ」
ほんとにうるさい。僕の背中をばしばし叩かないでほしい。そういう妄想って、普通、一人で部屋でやるもんじゃないのかな。