第3章 おちたみどりはどんなおと(黒尾鉄朗)
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「オトシブミって言えばさぁ、」
ボートから降りたなまえが口を開いた。「同じ名前の和菓子があったよね!」
そう言ってスキップしながら駆けていく。転ぶぞー、ヒール履いてんだから、と黒尾がからかう。
土砂降りはやはり通り雨だったようで、すぐに小雨になってやんでしまった。今はまた、太陽が顔をのぞかせている。
「ねー、同じ名前の和菓子がさぁ」
「聞こえてるっつーの。どうせ食いに行きたいんだろ?」
「当ったりー!行こう行こう!」
「行こうっつってもな?俺もう金ねぇんだけど。ボートの延長料金で」
「誰のせいで時間オーバーしたのかなぁ?しょうがないなぁ、ここは社会人の財力に任せなさい!」
濡れた桟橋の上で黒いパンプスが踊る。太陽に照らされて、地面も緑も、公園の空気全部が雨で洗い流されて、新しくなっているような気さえしてくる。
「ぎゃ!!!鉄朗!助けて!!」
煌めく世界の中で、突然動きを止めたなまえが叫んだ。「板の隙間にヒールはまっちゃった!!抜けないんだけど!!!」
「何やってんだよ、バカ」
いちいちうるせぇなぁ、と黒尾が彼女の隣にしゃがみ込む。「ほら、抜いてやるから。靴脱げ」
パンプスから、白い足がするりと抜ける。片足立ちでバランスのとれないなまえが、黒尾の肩に手を乗せる。ホントにお前、ガキっぽいよなぁ。そう言って笑って、黒尾は桟橋に固定されてしまった靴を引っこ抜いた。
おしまい