第1章 まるでオーストラリアのサンタみたいに(赤葦京治)
どた・キャン【ドタキャン】
直前に約束をキャンセルすること。『土壇場』と『キャンセル』から成る合成語で、約束や申し込み、契約などを直前にキャンセルすることである。(日本語俗語辞書より)
「はぁ?来れない!?」
思わず叫んだ。隣に立っていた赤葦くんがこちらを見た。口から飛び出た声の大きさに、私は自分でびっくりしてしまって慌てて左手で口を覆った。
『マジでごめん!』
12月の冷たい空気にさらされて痛くなった耳に聞こえてくるのはスマホ越しの木兎の謝罪。赤葦くんが私を見ている。耳元で木兎が何か騒いでいる。赤葦くんが私を見ている。
『ーーーだから、今日は行けない!』
「え、今なんて言った?」
『だーかーら!黒尾に頼んでライブのチケット買ってもらってたの忘れてたんだって!そっちに行くから今日は無理!』
「アホかお前は。モッシュにまみれて股間蹴られろ!」
叫んだら、赤葦くんの眉間にシワが寄る。いけない、とまた口を押さえた。今日1日は淑やかな少女を演じる予定だったのに。長年培った幼馴染みとしての特別スキルなのか、木兎に対しては脊髄反射的に口が滑ってしまう。
『悪いななまえ!今度なんか埋め合わせする!』
「………私の夏服にコーラぶちまけた件の埋め合わせは、一体いつしてくれるんでしょう」
罵倒の言葉を飲み込んで指摘をすると、うぐぐ、と木兎の声が詰まった。お馬鹿さんめ。普段ならば電話口だろうがなんだろうがその場に正座しろと言って説教するとこだ。命拾いしたな木兎光太郎よ。ムカつくが今日のところは赤葦くんに免じて許してやろう。ついでに心の広い女アピールもしておこう。
「もしもし木兎?忘れてたのはしょうがないから、ライブには遅刻しないようにしなさいね」
『………え、マジ?怒ってないの?』
「怒ってないよ。こっちのことは気にしないで。あと今度からは、ちゃんとスケジュール管理しておきなさいよ……って聞いてねーし!!」
飛びきりのよそ行き声を出したのに、隣を見ると肝心の赤葦くんの姿がなかった。少し離れた場所で、いつの間にやら老婦人に道を尋ねられている。懇切丁寧に教えているその襟足を見つめながら、死ね木兎!と怒りをぶつけて通話を切った。理不尽!と最後に何か聞こえた気がするけれど、吹きすさぶ北風の音で聞こえなかったことにしとこう。