第23章 駿足アキレスあるいは兎;そもそも彼奴は亀なのか(五色工)
「親指が折れる!」と喚いた五色に「うるさい!」となまえ。「急に俺の手を握ってくださいとかなんのつもりだ!ときめきテロか!?照れるに決まってるだろう!?」
「痛いです!折れる!もげる!」
「もげろ!」
「悲報!エースの負傷!」
「2年早いわ!」
「何を騒いでるんだ、お前達」
「「あ」」
背後からの低い声。五色は咄嗟になまえと顔を見合わせた。声をかけてきた人物の正体はわかりきっていたが、二人は同時に振り返る。
「牛島先輩、お疲れさまです……」
「う、牛島も来てたんだねぇ」
あはは、と乾いた笑いを漏らした二人を、牛島は怪訝そうな顔で見ていた。
「なまえ、五色。一体何を揉めていたんだ、こんなとこd」
そこで牛島の口は止まった。視線をやや下向きにして固まっている。いち早くその理由に気がついたなまえは、握っていた五色の手を慌てて振り払った。
「ち、違うの牛島!これはね、あれだから、あの……ね!?五色!」
弁明するなまえの赤面具合に気が付いて、「そうですね」と五色はにやけて言葉を拾う。「休日に男女が一緒っていうのは、つまりどういうことなんでしたっけ先輩?」
「わっ、バカ!」
パンチが飛んでくるので避ける。狼狽すると大振りになることは承知済みである。伊達に3年間理不尽に殴られ続けたわけじゃない。
「意地悪な人には意地悪が帰ってくるんですよね?」
お返しとばかりに揶揄えば「黙って!」と両手で口を塞がれる。途端に強く漂う柑橘系の香りに、「あ、」と五色はなまえの手を掴み上げた。「さっきからいい匂いがすると思ったら。先輩からだったんですね」手首に香水でもつけているのだろうか。
「牛島ヘルプ!」
なまえは青ざめた顔で叫んだ。「なんか五色が気持ち悪い!離して!」
「よくわからないが……」
牛島は珍しく困惑の色を浮かべ、「俺は用事があるから帰るぞ」と言葉を続けた。「邪魔したのなら悪かった」
「やめて行かないでっていうか牛島に気を遣ってもらうって相当へこむわ!」
そこで五色は、おや、と気がついた。先ほどカフェにいた女性の姿が見当たらない。
「あの、牛島さん」
五色はなまえの両手を拘束したまま、去り際の先輩を呼び止めた。「さっき一緒にいた女性は誰ですか?」