第23章 駿足アキレスあるいは兎;そもそも彼奴は亀なのか(五色工)
「なんだ五色か!」
その2つ上の先輩は、拳を空振りした後になってから相手が五色であることに驚いていた。「ちょい縮んで!」
「え?」
無理です、と拒否する前に背中を押され、有無を言わさずお辞儀をするような体勢にされる。ちょうど、母親が息子に、"ほら、あんたも挨拶しなさい"とやるみたいな感じで。
「……あの、何で俺は地元の観光案内板に頭を下げてるんですか」
「しっ、黙って」
「ハイ」
その閉口たるや唯々諾々。
五色工が中等部で学んだことは、このマネージャーのみょうじなまえは、頭と口はよく回るが、それよりもまず手が出るのが早い生き物ということだ。抵抗したら鉄拳制裁。
それに加えて、人体構造的にお辞儀をした状態で頭を押さえつけられると、驚くほど抵抗ができないのである。
「……どう思うよ、五色」
「何がですか」
「あれ、見てみなよ」
「俺の頭に乗ってる手を退かしてくれたら見れるんですけど」
アスファルトと汚れたスニーカーしか見えていない。小さな舌打ちと共に「向こうにバレないようにね」と解放され、そこにきて五色はやっと、なまえは看板を使って何者かから隠れていたのだと理解した。
「天敵でもいたんですか」
もしくは因縁の相手とか。
視線を投げかけると、なまえは案内板に広がる地図を指でつつくようなジェスチャーをした。"いいから向こうを見てみろ"という意味らしい。五色は黙って頷いて、背伸びをして上から顔を半分ほど出した。
裏側は車道である。その向こうの歩道に沿って、街路樹が等間隔に生えている。五色はちょうど正面にあるオープンテラスのカフェを眺めて、それから、「あ」と声を出した。「牛島先輩だ」