第23章 駿足アキレスあるいは兎;そもそも彼奴は亀なのか(五色工)
白鳥沢学園は中高一貫校である。敷地内に中等部と高等部の校舎が隣接しており、よっぽど不真面目な生徒以外は、エスカレータ式に進学することができる即ち、高校受験は無しの例の中高一貫校である。
中3の夏に一度部活を引退するものの、やるべきこともないので練習に顔を出す日々。高等部に移動したって、顔ぶれも大して変わらない。中高6年間をブランク無しで、同じ仲間と練習できる。そういう環境なのである。
そんな白鳥沢学園の一番下っ端、中等部男子バレー部員の1年生は、毎年恒例、入部と同時に1つの教えを叩き込まれる。
"先輩を見かけたら、部活以外の場所でも挨拶すること"
一流のプレイヤーを目指すならば、技術よりまずは礼儀作法というわけである。挨拶、返事、姿勢と正しい言葉遣い。この畏まった教育こそが、「強豪校は大会の廊下を歩くだけでもオーラが違う」と囁かれる由縁。
当時ランドセルを手放して数週間の五色工も、新入部員として横1列に並ばされ同じ内容を聞かされたのだが、その年だけは特別で、ひょいと現れた天童が追加のアドバイスを1つ賜る。
"うちのマネな、暴力的な奴がいるから気を付けろよ~。ほら、あそこにいるアイツ、あのいかにも素手でグリズリーと戦えますって感じのア"
言い終わらないうちに、天童の顔面にバレーボールがめり込んだ。"へびゃ!"と謎の奇声と共に吹っ飛ぶ上級生の姿と共に、恐怖よりも妙な感動を覚えたことを五色は今でも思い出す。
あれから早3年である。
この春に高等部へ進学した五色工は、当時の緊張や浮わつきさえ落ち着いたものの、白鳥沢のエースと呼ぶにふさわしい選手になるべく変わらぬバレー漬けの日々を送っている。
特に脈々と受け継がれてきた部の教えは、意識せずとも実行できるほどに染みついていた。
"先輩を見かけたら、部活以外の場所でも挨拶すること"
例えば休日に出掛けた街中で、観光案内板の前に立つ見慣れた人物の後ろ姿を見つけた時も、
「なまえ先輩!奇遇ですね!」
自ら進んで声をかけるし、
"暴力的なマネには注意"
万が一、振り向き様の彼女から「静かに!」の声と共にグーパンチが飛んできたとしても、
「相変わらず、今日もお元気ですね!」
と、にこやかにかわせる程には成長していた。成長せざるを得なかった、という言い方もできる。
