第20章 メビウスの輪舞曲(赤葦京治)
「え?」
「呂律は?」
「ふ,普通…かな」
「意識障害なし,めまい・ふらつきなし。手足の痺れなし」
一つ一つ確認をした後,丁度よく目の前にあった彼女の手を両手で強く握った。
「握力も問題なし。末端まで力が入る」
「ア,ハイ」
彼女は視線を大きく逸らした。「でも,おでこが,赤くなってマス」
「内出血っぽい?」
前髪をかきあげて額を見せると,ちらりと視線が動いてまた逸らされた。
「ワカリマセン」
「分からないわけないだろ。ちゃんと見て。ほら」
「むむむ無理です!」
「無理ってなんだよ」
意味が理解できなかった。「とりあえず冷やす。痛みが収まらないようなら病院に行く」
「あじゃあ保冷剤持ってくる!待ってて!ほんとごめん!」
「いいよ。いや,よくないか」
肝心なことを忘れてた。「俺は花を撮ろうとしただけなんだ」
「分かってます。分かってます!ヘルメ……じゃなくて,貴方が私のこと盗撮なんて勘違いも甚だしい!私がおこがましかった!!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「謝るのは後で良いから,保冷剤とタオルと鏡持ってきて」
「はい!」
「あとあんたのスマホも」
「はい!......はい?」
「連絡先教えて」
「え!私でいいの!?」
「他に誰かいるわけ?」
万が一の時の請求先として加害者の連絡先抑えとくのは普通じゃないのか?あーもうだめだ。頭痛で何も考えられない。やっぱり今病院に行こう。
「.....ごめん。待って」
歩き出した彼女の腕を掴むと,悲鳴に近い声が上がった。
「君さ,この後空いてる?」
「ええぇ?」
彼女は真っ赤になった後,「明日の午後なら……」と小さく呟いた。何言ってんだよ日曜は休診だ。
「今日じゃないとダメ」
きっぱりと言うと,「あ,ハイ」と彼女はもじもじ俯いた。「ふつつか者ですが,よろしくお願いします」
「はぁ?」
噛み合ない会話のせいで急に不安に襲われた。病院で診てもらうのは俺よりこの子の頭なのかもしれない。あるいは,正常なのはこの子で俺の頭がおかしくなったかどっちかだ。
……バレーに支障が出ないといいけど。
心配になり百日紅の花を見上げた。桃色の尊い花びらは,素知らぬ顔でそよそよ風に吹かれているだけだった。
おしまい