第2章 相利共生(澤村大地)
「清水さん、ここの問題、ちょっと教えてもらえないかな?」
「潔子さぁん!よかったら俺らと飯食いませんかあっ!?」
昼休みを告げるチャイムが鳴ると、いつも彼女の周りに人だかりができる。あっという間に完成するのは、男子生徒のゴミ溜まりだ。
清水さん、潔子さん、と持て囃されて、中心にいる彼女だけがツンと澄まして当り障りのない言葉を口にする。彼女が下心を鮮やかに受け流すたび、男子たちの熱は余計に上昇していくみたいだ。
「大変だなぁ、あいつ」
2つ隣のクラスから、私の隣の席へとやってきた澤村大地が呑気に呟く。そうだねぇ、と私も返す。3年2組の教室では、いつも見慣れた光景だった。
「いちいち相手をしても面倒くさいし、スルーしても騒がれるなんてな」
「美人であるが故の苦労だよね。それでも怒らない潔子は偉いと思う」
「偉いよなぁ。俺、なんか尊敬しちゃうよ」
「大地、そろそろ助けてあげたら?」
弁当を広げながらそう言うと、そうだな、と大地が立ち上がる。なんてことはない、ただ近くへ行って、咳払いを1つするだけだ。ゴホン、とわざとらしく音を立てるだけで、大地の顔を見た男子たちがサッと退く。
「あのさ、清水。今度の練習試合のことなんだけどさ、」
そして彼は、取ってつけたような部活の話題で話しかける。潔子も敢えて明るく接する。そんな2人を見た男子たちは、意味ありげに目配せをしてどこかへと散って行ってしまう。
その一部始終を後ろの席から眺めつつ、私は玉子焼きを口に放った。
男は馬鹿な生き物である。無垢な女性が大好きで、可憐で純情な乙女を好む生き物である。そんな男の願望を集約して具現化させたような人間が何を隠そう清水潔子だ。そして下衆な男たちから、彼女を守るのが私と大地の役目である。
「おかえり、大地」
「全く、よく飽きないよな。2組の奴らも」
見事男子を解散させた澤村大地が、私の隣へ戻ってくる。そんな彼の功績を左手の親指で讃えてやり、報酬として購買のパンを放ってあげた。
「大地のおかげで、今日も潔子の平穏は守られたね」
「大袈裟だな」
はは、と肩を揺らして大地が笑う。潔子はと言うと、無事に女子グループに混じって昼食を広げ始めた。彼女が楽しそうにお喋りしながらおにぎりを口に運ぶ。その横顔を眺めることが私の幸せなのである。