第1章 まるでオーストラリアのサンタみたいに(赤葦京治)
「2年も前からなんですか?」
「そうなんだってさ。私達がお店で手にとる、2年も前から流行作りは始まってるの。色を決めて、方向性を決めて、1年前には素材を決めて。そうして洋服のデザインが決定するのは、売り場に並ぶ半年も前らしいよ」
「そりゃあ、値段も高くなるわけですね」
「そうなのよ。そんな手間暇かけて準備して、2年の歳月を経てこの冬迎えたビッグウェーブ。これは一種のお祭りだよ。流行の波に乗らなきゃ損だと思うね」
「お祭りですか!」
あー、わかりました、と赤葦くんはコーヒーを口に運ぶ。くくっ、と喉を鳴らして、カップの中の、黒い水面を揺らしていた。
「良く言う、『流行はポイントだけ取り入れて、自分らしさを出すのがお洒落』っていうのは、つまりそういうことなんですね?」
「そういうこと!」
思考回路が一致したようで、私もふふっ、と笑いが漏れた。そう、これはイベントなんですよ、赤葦くん。このシーズン、お題になる色とトレンドが発表されて、さぁ、各自創意工夫を凝らして自分を着飾ってください!っていう、街は巨大なコンテスト会場なんです。キミの嫌いな、創作性のない、他人の真似しかできない没個性の人間は、入賞なんてできっこないね。
「面白いですね、俺、ちょっと興味が出てきました」
そう言って、赤葦くんはガラスの外の通りを眺めた。
17時半を向かえた今は、日が落ちてすっかり暗くなっている。スポットライトのような街灯に照らされて、道行くカップルの寄り添う影が過ぎてゆく。
それを2人で眺めていたら、じゃあ俺も。と赤葦くんが呟いた。
「俺も、世の中の流れに乗ってみようかな」
そう言って、テーブルに置かれた私の手を握った。
え、と顔を上げると、彼はぐっと身を乗り出して小さな声で囁いた。
「イルミネーション、今から見に行きませんか?」
まるで秘密基地の場所を教えるようなその声に、私は思わずにんまりしてしまう。どっかの馬鹿に請求するマフラー代は、定価で十分かもしれないな。
おしまい