第2章 重なる唇
携帯電話が繋がらなかった時用に、マネージャーから家に電話を設置する事を命じられていた健人は、風磨が自分の留守中に泉にかけたのだと悟った。
「キスっていうのは、好きな人とするものだーって風磨言ってた」
「あ…」
ここで初めて泉がヤキモチを焼いている事に気が付いた。
だが、そこで思い至る。泉がヤキモチを焼いてくれるのはとても嬉しい。しかし、自分の気持ちはどうなのだろうか。好きか嫌いかと答えれば迷いなく好きだと答える。それが恋愛感情という意味かと問われると、そこでいつも迷うのだ。
健人は本当はここで布団を剥がし、泉にキスをして、「俺が好きなのは泉だ」というところなのだろう。
それに至れないのは、自分の中の激しい葛藤のせいだ。
ここでキスをして気休めの台詞を言い、彼女にまた笑ってもらうというのは些か間違っている気がしてならない。
散々悩んだ挙句、健人は「おやすみ」とつぶやき、久しぶりに一人で寝た。
ベッドの上の布団の中では、泉が声を押し殺して泣いていた。
翌日、健人が起きると泉の姿がない。健人は勢いよく起き上がり、家中を探し回った。この際仕方ないとトイレや風呂も見たがいない。
「嘘だろ…どこ行ったんだよ…」
その時、携帯電話がいきなり震えたので、健人は驚きつつも見た。そこには風磨からのメールが一件入っていた。
「お前が泉ちゃんにその気がなくて、泣かせるんだったら俺が貰うから」
サッと一瞬で血の気が引いた。時計を見るとちょうど昼の12時を指している。昨日はなかなか寝付けなかったので、爆睡してしまっていたらしい。
健人は着替えも適当に、コートを羽織ると家を飛び出した。
「あ、健人くーん!」
「…優希さん」
「さっき風磨君と可愛い女の子が歩いてるところ見ちゃった!付き合ってるのかなぁ」
優希とは、この件の元凶にもなったあのキスシーンの相手役のアイドルだ。
「どっち行った!?」
「え…えと、カラオケに入って行ったけど…」
「ありがとう!!」
健人は今までに経験をした事がない程足を早く前へ突き出した。
カラオケ屋に到着すると、店員に「後から合流する予定の者ですが、菊池ってどこの部屋ですか?」と尋ねた。