第2章 重なる唇
「健人ー」
「んー?」
「あれは何をしてるんだー?」
「えっ……泉はまだ知らなくていーの」
「んう?わかったー」
意外にも聞き分けがよかったので、健人はホッと胸を撫で下ろした。こういうシーンを女の子と二人で見るというのは結構心臓に悪いのだという事を学習した健人。
すると、ポケットの携帯電話が震えた。
表示を見ると、マネージャーからのようだ。
「泉、ちょっとお仕事の電話するから、一人でテレビ見ててね」
「おー」
チャンネルを子供向けの番組に変えてやってから、泉は夢中でテレビを見つめている。
丁度赤い帽子に丸い眼鏡をかけたおじさんと熊のようなキャラクターが工作をして遊ぶという、大人になってから見ると「こいつら精神年齢いくつだよ」などど、つっこみどころたくさんの番組だ。
「えっ?でもあのシーンはするフリでいいんじゃなかったんですか!?」
「んー、なんか相手の女優さんの希望と、監督がリアリティが増すからっていうことで実際にキスをして欲しいらしいんだよ」
「そうなんですか…」
「健人、相手はあのアイドルだぞ?少しは喜べよ」
「…はは」
「お前まさか彼女でも…」
「ちっ、違いますよ!…とにかく、キスシーンの事は分かりましたから」
追及して来そうなマネージャーからの電話を切ると、健人は居間に戻った。すると、泉が寝転がっている。健人はそんな彼女の頭を起こし、自分の膝の上に乗せてやった。
「クマさんは電話が作れるんだぞー」
「え?どういう事?」
泉が指差した方を見ると、テレビの中でおっさんとクマが糸電話で話していた。
健人がクスッと笑う。そんな健人を泉は不思議そうに眺めている。
「健人、今日お仕事かー?」
「うん、今日は夜から。少し遅くなるけど、平気?」
「……うん」
平気では無さそうだが、仕事は休めないし、泉を連れて行くわけにも行かない。健人は優しく泉の頭を撫でると、
「泉はいい子だもんね。今度から泉がお留守番ちゃんと出来たら、好きな物一つ買ってあげるから」
「ほんとかっ?」
ぱあっと顔が明るくなる泉を見て、自分の甘さにほとほと情けなくなる。だが、今はこの笑顔が守れればそれでいいのだ。