第10章 浮かぶ傷跡
どんどん近づく足音。
うるさい心臓の音が鳴り止まない。
どうすればいいのかわからず、ぐっと体を隠すように布団を頭まで深くかぶった。
「やだ……こないでッ。」
今のままの自分では、何が正しいのかもわからないから。みんなが敵のように思えてさらに殻にこもろうと、手に当たる布団をギュッと握った。
「全て……聞いていたのですね?」
そう囁くジャーファルさんはなんだか全てを見透かしたように思えて、思わず嗚咽を漏らす。
「あなたは何も悪くありません。信じてください。私はあなたを全てから守ってみせます。あなたは笑っていてくれればいい。だから私を……」
言葉とともに彼は私が被る布団をめくり、髪をそっと撫で上げる。
「私に触らないで!!」
払った手のひらはヒリヒリと痛む。ただただ自分に向けられた愛情が怖かった。しかし、直後に見たジャーファルさんの顔は悲しみを浮かべながらも笑っていて、頭の中はさらにごちゃごちゃと乱れていく。
「大丈夫……。あなたを自由にしたいんです。」
もう正常な考えは出来なくて、気づけば足は動揺している様子の王を越えて扉へと向かっていた。
扉に手をかけたその時、ぐっともう片方の腕を強く引かれた。
「痛いっ。」
「お願いします…私から離れないでください!私はあなたが違う男と話しているのを見るだけでどうにかなってしまいそうで……。私は、あなたが好きです。愛してるんです!!」
やめて……怖い……。
必死に腕を引くけれど男性の力には勝てそうもなくて。
「愛してます、紅奏!!」
しかし、それを聞いた時に何かがプツンと切れた。
絶望と表したほうが適しているかもしれない。彼が呼んだその名前は、おそらく私の本来の名前ではなくて。それが自身の存在を無にされたような気がして、無性に悲しくなったのだ。
彼の愛もまた、私自身に向けられたものではなかった。
「何も…何も知らないくせに!!」
彼の頬に力強く手のひらを当てる。
高い音は静かだった部屋中に響いた。
私は唖然とする2人を置いてまた走りだした。
「ごめんなさい……」
途中呟いたそれは彼らには聞こえていないだろう。