第8章 影は動く
「また後で。」
そう言って部屋を出て扉に背を向けると、カナはついため息をついた。
「体の調子は大丈夫かい?」
気づくと、こちらを見て屈んだシンドバッドがその手を自分とカナの額につけていた。
行為自体は普通だがあまりの突然のことに顔が赤くなる。
「ん、大丈夫そうだ。では行きましょう。」
俯いて赤くなった顔を隠すが、それを知られてしまっているのかはわからないところ。
前を歩き出した彼を追うようにカナも足を進めた。
「ジャーファルとは何か話をしましたか。」
途中、意図の読めない唐突な会話に首を傾げる。
「あぁ、失礼。あいつは紅奏姫が倒れたと聞いて真っ先に駆けて行ったので、会えたのか気になっていたんだ。」
あぁ、そういうことか。
カナは先ほどのジャーファルの様子を思い浮かべて、つい笑ってしまった。
「ジャーファルさんは私に優しくしてくださいます。先ほども見舞いに来てくださって、シンドバッド王と同じように熱を測ってくださいました。」
本当に2人は良い意味で似ていて、まるで兄弟のようだと思った。シンドリアに来てから何度も怒鳴られるシンドバッドを目にしてきたけれど、その光景は主従関係を超えて、さらに互いが互いを理解し合っているからこそだろう。
「あいつは本当に頼りになる男だからな。国の民からも同じ財務官からも慕われているし、誇らしいかぎりだよ。」
「えぇ、本当に…。」
ジャーファルさんの優しさに何度も触れてきて、ステキな方だとは思ったが、それ以上でも以下でもない。
恋愛がわからない今の自分では、紅炎兄様の言う使命を果たせるとは思えない。
ましてや紅玉の言うように、すでにジャーファルさんに心を奪われてしまっているのなら、もう自分の次にすべき行動かわからなくなってしまう。
カナはまた小さくため息をついた。