第1章 開かない扉
それからは毎晩、紅玉は従者達が寝静まったのを確認すると扉へ向かった。
「ねぇ、来たわよカナ。」
「…こんばんは紅玉。今夜は何のお話をしてくれるの?」
紅玉は扉へ行くと、毎晩外を知らないカナに話をしていた。扉が開いたことはなく、お互いの顔を知らないまま。
醜い自分を偽って、いつも遠目から見る楽しそうな白瑛達の様子をまるで自分に起こったことのように話す。
誰からも愛される花のような第一皇女と日を浴びない第八皇女。
話をしている間は、寂しさを忘れられるようで。
…しかしそれも長くは続かなかった。
「紅玉姫!!」
「か、夏黄文……。」
いつものように扉に背中を預けて座り、話し込んでいた時。最近なかなか朝起きられない紅玉を不審に思い、付けて来た夏黄文に見られてしまったのだ。
「違うの、これは……。」
「申し訳ございません。紅玉姫はわたしのわがままに付き合ってくださっていただけで、姫様には何の罪もございません。どうかお許しを。」
扉から聞こえる綺麗な声に夏黄文は忌々しそうに扉を睨みつけた。
「…姫、この者に関わってはいけません。帰りましょう。」
「嫌よ、私はカナと!」
「もうそんな名を呼ぶほどの仲になっておられるとは。いけません、姫。」
いつになく険しい顔の夏黄文に何も言えなくなり、扉を見つめる。
「…さようならですね、紅玉姫。私なんぞのわがままにお付き合いいただきありがとうございました。」
泣くのを耐えているような、それでも優しい声。
紅玉はそれを聞いて夏黄文の手を振り払い、扉を叩く。
「そんなこと言わないで!どうしていつもみたいに名前で呼んでくださらないの。お別れなんか嫌よ!私たちお友達でしょ!」
返事はない。
これが紅玉が覚えている初めて出来た友達とのお別れ。
お互いの顔も知らず、話すだけの友達。
これ以来彼女らは会うことも無くなり、紅玉は自然と扉への道を忘れていった。