第5章 海を渡って
時を一時間前に戻そうか。
紅炎の自室へ紅明と呼ばれたカナ。
しかし紅炎は、カナに視線を一切合わせることなく口を開いた。
「紅奏、お前は明日の早朝シンドリアへ迎え。」
「シンドリアですか?」
カナは先ほどの紅明の様子に納得するが、外に出てまだ日が浅い自分が他国へ連れ出されることに、疑問を抱いていた。
「あぁ、表面上はシンドリアとの友好条約を結ぶための使者としてだが、お前には別の任がある。」
「任……ですか?」
すると紅炎は初めてカナに目を向け、面白がるように笑う。
「シンドバッドを堕とせ。」
「…私が殿方に見初められるような魅力を持ち合わせているとは思えませんが。」
「2度言わせるな。無類の女好きのシンドバッドだ。お前の持てる力全てを使って虜とし、奴に近づけ。その後は考えを聞きだしそれをこちらに報告すればいい。」
「それは…シンドリアに嫁いで内通者になれということですか?」
俯くカナに紅炎は淡々と続けた。
「フッ。婚姻を結ぶならばシンドバッドも気を緩めるかもな。そう手筈を踏むか。」
「そんな、今気づいたようにおっしゃるんですね。あなたは酷い方だわ。人の気持ちを考えようともしない。」
「お前も皇女ならば政略結婚ぐらいでグダグダと言うな。他の皇女も皆国にために嫁いだ。それだけだ、下がれ。」
「失礼、しました…。」
カナは顔を上げないまま部屋を出た。
カナが部屋を出て扉が閉まるのを見届けると、紅明が口を開いた。
「紅奏の力のことは本人には黙っておきましょう。知ることで他人に近づくことに戸惑ってもいけませんし。」
「あぁ。」
「それと…留学中の白龍と紅玉にはいかがしますか?紅奏とは面識もないでしょうし、黙っておくことが得策かと。」
「あぁ、頼む。」