第5章 海を渡って
「紅炎様、紅明様。カナ様の着替えが整いました。」
話しを遮るように掛けられた侍女の声に、2人は会話を止めて、目を合わせる。
「はい、どうぞ。」
紅明が声を掛けると、控えめにドアが開けられた。
その人が部屋へと入ると、2人は揃って息を漏らす。
「フッ。見違えたな、カナ。」
長いブロンドの髪は緩やかに纏められ、煌帝国独特の華やかな衣服はその白い肌によく映えていた。
「……浴室をお貸しいただくだけでなく、衣服まで整えていただきありがとうございます。」
拳を片方の手で包みこみ、お辞儀をする。今まで何気なく行っていた動作の一つ一つが懐かしく感じてしまう。
すると、紅炎は物色するように上から下までカナを見ると、また小さく笑った。
「いや、皇女として身なりは整えておくべきだ。それとこれからは煌帝国第六皇女 練紅奏(れん こうそう)と名乗れ。いいな?」
「こ、紅奏って…!お待ちください紅炎様。私の名はカナです。この先も私はカナであり、皇女だったことは過去の話です。ですからそのような…。」
すると、紅明が頭をかきながら話しだす。
「…前にも言いましたが、あなたに選択肢はありません。あなたは本来あの牢の中で一生を終えるはずでした。あなたは救っていただいた身ですから、兄王様に仕えるというのは当然のこと。あなたには兄王様に意見する権限は最初から無いんですよ。黙って頷けばいいのです。」
頭の中が真っ白になった。
お母様との最後の繋がりを奪われ、その代わりにと巻かれた鎖は酷く冷たいものだった。
「わかりましたね?紅奏。」
鋭い視線と有無を言わせない強い口調にカナは何も言えなかった。