第5章 story5 “月夜の藤”
「あ…えっと、石田…三成様…?」
「長々しく呼ぶな、三成でいい」
「あ、はい、三成様」
「…三成でいいと言ったのだよ」
「でも…」
「…………」
「…三、成?」
一人でフラッと出て行った彩芽が気になり、三成は後を着いてきていた。
眉間に皺を寄せていた三成だったがようやく納得の行く呼ばれ方をすると、穏やかな顔付きになる。
(清正といい…どうして名前で呼ばせたいのだろう…)
彩芽は考えていたけれど、答えは見つかりそうになかった。
「主役が会を抜けて、何をしている」
「…ちょっと飲まされてしまいまして、酔い覚ましに来ていました」
そういう彩芽の顔はほんのり赤く染まり、潤んだ瞳は月に照らされて輝いていた。
「………」
普段より妖艶に見える彩芽。
三成は目が離せなくなっていた。
「三成?」
自分を見つめる三成の顔を不思議そうに彩芽は見た。
その声で三成は我に返る。
「…藤を見ていたのか」
「はい、…好きなんです、藤」
「近くで見るといい」
「ありがとうございます…三成は戻らなくて良いの…?」
そう言いながら一歩踏み出す彩芽の足元がふらつく。
「あっ…!」
転びそうな所を三成が抱える。
「酔っているのだから急に歩き出すんじゃない」
「…ありがとうございます、びっくりした」
「…まったく」
藤棚の下に来た二人は静かに藤を見つめていた。
「まだ満開じゃなさそうですね、楽しみ」
「もうじきだろうな…」
言葉は少ないものの、二人の間には穏やかな空気が流れていた。
「彩芽!」
ふいに呼ばれて振り向くと、そこには少し慌てた様子の清正がいた。
「清正、どうしたの」
「いや…気付いたら姿が見えなかったから、どうしたかと……」
言葉を選びながらしゃべる清正。
ちらりと彩芽の隣に立つ三成を見た。
「ごめんなさい、酔いを覚ましに来ていたの」
「…そうか」
本当の所、彩芽が宴会を抜けたことを清正に伝えたのはねねだった。
「きーよーまーさっ!彩芽、出てっちゃったよー?色っぽい顔して♪」
「だから何ですか…俺は別に」
「三成が追い掛けてったけどー?」
「なっ…!!?」
ねねの言葉に清正は立ち上がり、急いで部屋を出た。