第5章 story5 “月夜の藤”
秀吉も、秀吉の正室ねねも彩芽に明るく笑い掛ける気さくな人だった。
それ故、彩芽も固くなることなく話が出来た。
兄の事、幸村の事、上田での暮らしの事。
ここまで清正が運んでくれた事。
「えぇっ!?あの清正が!?」
ねねは大声を出して驚いていた。
反対に秀吉は大笑いをしていた。
「はっはっはっ!清正もやるのう!彩芽、初めは慣れん事も多かろうが分からぬことは周りに聞くんじゃぞ!今日から此処がお前の家じゃ!」
「は…はい!お世話になります、秀吉様、おねね様」
「まるで新しく娘が出来た気分だよ!疲れたでしょ、今日はうんと美味しいものを食べようね」
ねねは彩芽の手を握る。
彩芽は上田にいた頃と同様、掃除や洗濯をさせて欲しいと願い出た。
これには二人も驚いたものの、熱心に話す彩芽に最後には頷くのだった。
それからの一週間はあっという間に過ぎていった。
彩芽は日々の雑務の間に大阪城内の間取りを覚える様にしていた。
そんなある日の夜、
(ちょっと…飲まされ過ぎちゃった……)
彩芽を歓迎するための会を、ささやかに開いた秀吉だったがいつの間にか兵士達も集まり大宴会となっていた。
「……おねね様、ちょっと凉んできます」
「やだ、彩芽!顔が真っ赤だよ?!」
「あはは…行ってきます」
頬を押さえながら弱々しく歩き出した彩芽は風に当たれる中庭に出た。
上からは宴会中のみんなの笑い声が聞こえる。
彩芽は近くの石に腰掛け一息ついた。
「ふぅ…涼し……」
日中は日差しで暖かいのだが、夜はまだ冷える日が多かった。
酒の入った今の彩芽にとっては心地よく感じる風だった。
「綺麗なお庭…」
掃除の要らないほど手入れの行き届いた中庭をぐるりと見回す。
すっかり葉の生い茂っている大きな桜の木、奧には小さな花をつけた藤棚が見えた。
「あ…」
思わず彩芽は藤棚に近寄ろうとすると後ろから声を掛けられる。
「おい」
澄んでいて、とてもよく通る声だった。