第9章 wings
必死に目を凝らして谷越しの崖の上を見つめる。
どうやら後ろ姿のようで、更に目を凝らすと白い隊長羽織が夜風に揺れているのがわかった。
しかも月を見上げているその頭は明らかに人型では無い。
「猫?犬…?…狼?」
(夜の月を見る動物といえば狼だけど…大きいし二本足で立ってるし…。)
それでもあの羽織は護廷十三隊の隊長であることを証明するもの。
見覚えのない容姿に不安を抱きながらも、私は茂みを抜けて瞬歩で崖を飛び越えた。
「な!?」
その人物は突然目の前にパッと姿を現した私に驚くが、私は予想の斜め上を行くその正体に絶句した。
(狼だ…!?)
地面に足をつけているはずなのに力が入っていないのではと錯覚してしまう位の衝撃。
「貴様!何者だ!」
私から一歩後ろに飛び退いて、刀に手をかけ私を睨みつける。
その目は夜に光る獣の瞳。
狼のような顔に、殺気立った猛獣の皺が鼻の上に寄っている。
(本当に狼?日本犬にも見えてきた。)
「わ、ワンワンじゃないの…?」
「わん、わん…?」
拍子抜けした私の一言に、気が散ったのか今まで張り詰めていた殺気が消える。
「あ、何でもないです。隊長なんですよね?七番隊の…。」
「…!なぜ、いや、貴公は隊主会の時の…!」
「瀬越雲雀です。確かお一人だけ顔を隠していらっしゃった隊長が居たのを思い出しました!あなただったんですね。」
「…この姿を見て、なぜそう平然としていられる?」
「平然と…?最初は、びっくりしましたよ?でも、この人が七番隊の隊長なんだって思うと、なんだか面白くて。」
隊長が人じゃないなんて全然ありえないと思っていたが、こうして話してみると隊長なんだって案外ストンと胸に落ちてくる。