第8章 始まりは不本意な-羅刹鬼-
そんなことは知らないし、どうでも良い。
そもそもこんな小娘、地獄鬼の炎に焼かれて消えてしまえば、式とされた己は晴れて自由にもなれるだろう。
そう思う。
頭では、そうも考えるが、だが、それは気に入らない。
この娘が、自分以外の誰か…何かに傷つけられることも、敗れることも……。
それでは、かつて○○に敗れた自分は何だったのか…それに…それ以上に……。
(とにかく、気に入らぬ)
気に入らないものは、気に入らない。
釈然としない苛立ちのまま、とにかく今は、目の前の『馬鹿鬼』を退治せねばならない。
「おい、○○」
「…は、はい!」
背に庇われたまま、○○の声が上擦った。
今までは『おい』だの『お前』だの『小娘』だのと言われるばかりで、名前で呼んでもらったことは一度もない。
こんな状況でさえなかったら、○○は思い切り固まっていたことだろう。
が、今はそれどころではない。
反射的に応じた(と言ってもやや間があいたが)○○に、羅刹鬼は声だけを向けた。
「お前、あとどれだけ式を出せる」
投げられた問い…そうして○○が示した答えに、羅刹鬼は十分だ、と嘯いた。
「俺が合図したら、出せる式全てで奴を攻撃しろ!」
言い放った羅刹鬼は、○○の答えを待たずに力を放つ。
跳躍しながら放たれたそれは○○を包み、僅かの間ではあったが、羅刹鬼が離れる束の間、○○を守る障壁となるには十分な防護壁。
そして……。
「今だ!」
「はい!」
式を繰り出し続ける○○も、陰陽師の力を極限まで使い、既に満身創痍だ。
それでも残る力を振り絞って、○○は式を呼び出した。
「お願いっ!」
絶叫に近い○○の声に、式神達が一斉に地獄鬼に攻撃を放つ。
そうして一瞬、地獄鬼の意識が式神達に向いたその隙に、羅刹鬼が地獄鬼を……。
それが、筋書き……。