第8章 始まりは不本意な-羅刹鬼-
一対一の力は五分としても、この状況を加味すれば、分が悪いのはむしろ己であろう、と羅刹鬼は戦いの中にありながらも、冷静に分析していた。
本来、羅刹鬼は戦いを楽しむ性分を持ち合わせていたが、今は楽しめる状況ではないらしい。
そうこうしている間にも○○の繰り出す式が地獄鬼の衝撃波一つで弾け飛ぶ。
辛うじて堪えているのは、既に数体。
(まるで、いつかの再現だな)
○○が己と対峙した時も、確かこんな風だった。
それでも最後まで、○○というこの娘は諦めずにこちらをねめつけ、挑んできた。
その結果が今…ならば。
新たに薙ぎ払われた狐の式…○○が陰陽師となった最初から共に過ごしてきた存在に、○○の意識が一瞬奪われた。
「翠玉!」
叫ぶ声。
しかし、
「○○!」
狐の絶叫と、地獄鬼の放つ火球が○○に迫ったのは、ほぼ同時。
ばしゅっ!
正に○○の鼻先という寸でのところで、羅刹鬼の力が地獄鬼のそれを相殺する。
「意識を反らすな!あれはそんなことで従える者ではないぞ!」
羅刹鬼の背を目の前にして、○○は、はっ、と我に返った、と。
「粗野で力任せの馬鹿な奴だが、鬼としての能力は確かだからな」
それは果たして背後の○○に言ったものか、それとも。
「誰が馬鹿だと、てめえっ!」
わざと聞こえるように嘯いた辺りからするに、羅刹鬼の狙いは地獄鬼に聞かせることでもあったようだ。
「ふん、馬鹿を馬鹿と言って何が悪い。馬鹿鬼」
「ざっけんな!うるぁぁあぁぁっ!」
地獄鬼の咆哮に呼応するように、その全身に業火が沸き起こる。
だが同時に、地獄鬼は何かに気づいたように、暗がりの中でくつくつと笑い声を反響させた。
「そうか。貴様…女か……」
珍しそうに…そして何処か面白がるように。
くくっと、くぐもったような笑みを落として、地獄鬼の声が近づいてくる。