第7章 大人な狡猾-ひよこ豆-
「月…か……」
「先生?」
何か言いましたか?と、食事の片づけを終えた○○(作る方ではほぼ役に立たないので、せめても後片付けは○○が請け合うという、それはいつの間にかの暗黙の了解となっている)がひよこ豆に歩みよった。
と、○○はそこに浮かぶ月を見て、ひよこ豆とは異なることを思ったようだった。
「いけない。もう帰らなきゃ」
あまり遅くまでいると迷惑になる、とは、○○が自らに課していることだ。
それに…近頃では、もう一つ。
「すみません。先生、疲れちゃいますよね」
とは、○○自身の(内面は老いている)ひよこ豆への気遣いであり、遠慮でもあるが、それ以上に、一族の者が○○に余計なことを吹聴したせいでもあった。
曰く、
『長老はお年で、夜も早く休まれる。くれぐれもご休息の邪魔をせぬように』
高齢者を労わるような言でもって、とある日、魔滅の若者の一人が○○にそう告げたらしいことを、ひよこ豆は知っていた。
(心遣いといえば嬉しくもあるが。……まったく…)
少女が近づく距離を感じながら、ひよこ豆は差し込む月光を浴びる。
そうして、ふ…と束の間目を伏せると、首だけを○○へと巡らせた。
「○○」
「はい?」
「……『月が綺麗ですね』と私が言ったら、どうする」
月ではなく、○○を見つめて告げる彼に、○○は一瞬息を呑んでしまった。
別に、意味不明なことを言われたわけじゃない。
そうではないはず…なのに。
でも、わざわざ『どうする』と訊ねてくるところを見ると、これは何かの謎かけか何かだろうか。